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 28日朝8時30分に車いすの船積み手続きをするために、28日午前0時に昭島市事務局の和菓子屋茶の子に集合した。
目的地は太田区京浜島埠頭である。
昭島市から実際、のところ二時間もあれば到着してしまうのに前日深夜の集合に誰も文句も言わず、やって来た。
それにはふか〜い訳があった。

話は6月のなかばのことだった。
森田は八王子市民活動評議会で紹介された方野さんに車椅子の会立ち上げのアドバイスを受けていた。
片野さんはマレーシアの施設に通じていて現地のこともよく知っている、この人と出会えなければ会の発足までたどり着かなかっただろうこのころが森田祐和自身にとって一番苦しい時期だったに違いない。
訳も分らずひたすら目標に向かって走ろうとするが
分らないことだらけでまるで形になっていない時期だった。
片野さんのアドバイスは多種多様だった。
しかし森田は細かいツメまで話を聞いてここまで遂にやって来たのだった。
そして方野さんは数日前仕上げ最後のアドバイスを送ったのでした。


片野さんの話



海外の人たちに向けたボランティアで
物資を送るNPO活動が色々とあります。
しかし一部の団体の中には先に物を集めてしまい、
送り先が見つからず(断られるケースもある。)
ゴミの山を集めてしまったケースもあります。

その点、今回の森田さんの子供用の車椅子を
海外へ送る発想はとてもユニークで
誰も気がつかなかった発想で良いと思います。
この会はボランティア活動として
大きく発展していくでしょう。

しかし、車いすを送るにあたって
一つだけ問題点があります。
日本人は物を送ったり、手続きのことを
考えたりと事務的な処理に
神経を使いがちなのですが、
送り先の国ではその物資の 有効性だけでなく
誠意の証や心のふれあいがなにより欲しいのです。

従って「送ったからもう終わった。やりました。
がんばりました。万歳!」ではいけないのです。
それでは、いったいどのようにすれば
相手の国の人に気持が伝えれば良いのでしょうか?

答え
海外の国ではセレモニーをとても
大切にするのです。
たとえばテープカットとか、
できれば会の代表が
現地へ行って車いすの贈呈式など
すればよろしいかと思います。


代表・森田と、会のメンバーは悩んだ、
セレモニーかよ・・・現地へ行く予算はないし・・・
どうすりゃ〜いいんだ・・・
幡垣
だからさ〜そりゃ〜将来は誰か現地に送るにしても
最初からそんなことできないんだから、
HP見てもらって一部始終が分るように
すればいいんじゃないか?
無利しないで、やれる限りのことを
やればいいんじゃないか!

森山
最後の船積み手続きはみんなでいって写真を撮ろう。
段幕作って、マレーシアの旗と日本の旗を振って・・・

幡垣
今できることはそれしかないだろ!

森田
よし、28日0時集合だ!

幡垣
早すぎね〜か?

森田
2時とか4時とかだと、寝ちゃって
脱落者がでるから0時集合だ!

森山
なるほど・・・

そういうことで深夜の集合になったのでした。
12人のメンバーが集合、ワゴン車、
(森山・西野)二台と
藤川さんの2トン、トラック一台
合計三台で京浜島まで爆走したのでした。

有限会社 光明社
代表取締役 藤川公宏
昭島工場 昭島市福島町
3−8−5 042(544)3094
   本 社  立川市富士見町2−6−18 
042(524)5265


トラックには
代表の森田祐和
運転は藤川さん


車の中からの撮影、
運転しているのは西野さん、
助手席に幡垣、
後部席にに金山、伊東、石橋が同席

幡垣
西野さんはどうしてオーダーで
車いすを作る仕事を始めたんですか?

西野
姉の旦那が事故で障害者になってしまい。
それがきっかけでこの仕事をするようになったんです。

幡垣
専門知識が豊富だったということではないんだ。

西野
全然知識などなかったんですが、生き甲斐というか
何か天職としての導きがあったんですね。

伊東
一緒に活動して、思ったんですが
車椅子に対する愛情みたいなものが
西野さんにはかんじますね。

金山
誠のHPも凄いね、こんなことがマコトに
できるとはあの中学時代を思うと考えられないね!

幡垣
あ〜HPね!確かにそうかもしれないだ。
これはある日突然、授かった見たいなんだ。
世の中のために仕えってね!
不思議なこともあるもんだと思うよ!
きっかけは、俺の息子が急性リンパ性白血病になって
一年間の入院生活を余儀なくされちまった。

母ちゃん(妻)は毎日病院(都立清瀬小児病棟)へ
通うことになり、店を一人で切り盛りする
生活が半年続いたある日のことなんだ。
昭島市の公立多摩辺中学の先生が
総合学習で授業をしてくれないかと
依頼があって、快くお受けしたんだ。
実際のところ生活も大変で何も
こんな時にと思うかもしれないけど
以外に心の余裕(スペース)があったんだ。

普通の心境だったら断ったかもしれないんだけど、
俺は思ったんだ。
「息子の苦しみや治療に耐えてがんばって生きていることを思うと、自分が今まで楽しいと思ったことが全然たのしくね〜」ってね!

それだったら今までやったことのない、
世の中のためになんかしてみようってね。
多分、そのときの俺は自我を捨てていたんだと
思ううんだ。
当時、半分やけくそで開き直って、授業をしたんだけど、
終わってみると、すげ〜気持ちよかったんだ、
しばらくしたら、もりっちゃんが、
悪性リンパ腫で入院したことを聞いて
居ても立ってもいられなくなったんだ。

それだけならこの話は、それで終わりなんだけど、
生きてる間にやりやいことがあると森田から聞いて
あいつの気持を表現(パフォーマンス)できるのは
俺しかいないって思ったんだ。
もりっちゃんには俺と同じような
すがすがしい気持を経験してもらいたいんだ!

石橋
この会で活動して、よかったです。
えらそうなことは言えないけど、自分もその気持が
少しだけ分るような気がします。

幡垣
こういう気持って、広がるんだね〜

伊東
俺なんかまったく苦労なしできて、会社潰しかけて、
初めて親の有り難みが分ったんだ、
最近やっと謙虚な気持をもつようになった。

幡垣
みんなそうだって。
バブルの頃は、俺たち(昭和30年代生まれ)は
自分の実力だと思って天狗になってたんだから。
しんちゃんが大変だと聞いた時には
とても声がかけられなかったんだぜ!

金山
先頭で運転しているやつなんかもっと大変なんだぜ!

幡垣
あ〜森山か・・・・(みんなで大笑いする)


時計の針は午前2時を指していた。
京浜島付近のファミりーレストランで、軽食をとり懇談会をする。
学生の頃なら、オールナイトも100%楽しいが
あらゆる責任を抱えた年代はけっこう命がけの行動かもしれない。
それでも忘れかけた何かがこの空間にはあったようです。

話はつきず、いつしか
保育園時代に・・・
幡垣
初めてもりっちゃんと会話をしたときのことを
なぜか鮮明におぼえているんだ。
俺は保育園の年長さんになって、
一年間だけお世話になった。
砂場で一人黙々と穴を掘って
遊んでいるやつがいたんだ
遊んでいると言うよりは作業をしているという
感じだった。
限りなく深くほって中から粘土をとりだしていた。
更に掘っていくとジャリがでてきた。
俺もまねして穴を掘ったんだ。
そしてそいつが一言、俺に話しかけてきた。
「この虫、えぞ虫っていうんだぜ。」
「えっなに。」
「えぞ虫だよ。」
穴掘りとは全然関係ない会話だった。
そいつは森田祐和という名前だった。

森田
全然覚えていない。

幡垣
ハル君の家は(森田春紀)敷地に入ってから
牛小屋が右側にあった。
そこから歩いて、茅葺き屋根の家にたどり着いた
記憶がある。
トイレは家の外にあった。
ほんとによく遊びに行った。
猫がいっぱい昼寝していて、
一匹もらって家でおやじに怒られた。


森田祐和

幡垣誠

森田春紀


午前4時京浜島つばさ公園で夜明けを待つ。

だんだん明るくなってきた。
残念ながら朝日を見ることはできませんでした。

午前5時京浜つばさ公園、シートを引いてごろ寝する。

暗がりで写真を一枚、森山が
ポーズを決めたら、みんな笑い出す。


明るくなったところで記念写真一枚!
笑顔がたえませんね〜


つばさ公園にて本腰入れて一枚!

8時30分ヤマト運輸へ到着。

船積み手続き完了!
車いすを提供していただいた皆さん、
この会にご支援を寄せてくださった皆さん
本当にありがとうございました。
私たちの活動は始まったばかりです。
今後もひき続きご支援とご期待をお寄せ下さい。



京浜島へマレーシア経由の貨物船が
8時ちょうど、入港してきました。
左に乗客船と比較してみても
かなり大きな貨物タンカーだということが分ります。
初めて見る貨物船に目を丸くしてしまいました。
まるで社会科見学に来た小学生のようでした。
コンテナは船の上に積み上げられただけで
輸送されるんですね!

一度は努力の証を感動として味わったとしても
まだまだ本物とは言えない現実を
直視すれば幸いである。
まかり間違えて実力だと勘違いすると、
そこで成長は止まってしまう。
やっとスタートラインに着いたと
心得て自分を戒めていく。

ほんとの長い継続の道は始まったばかりなのだから
人に言われた事を忠実に守り実行できると言うことは
大事な事だと思う。
しかし、
考え創造できる人間になるには、地道な
作業の繰り返しを経験しないと
実現できないのである。

月日が立つのを忘れるほどの日々の中から
何とも新しい真っ白なキャンパスボードが現れる
そのキャンパスは誰でもがんばれば、
必ず見えるようになる!
その空間は無限大の宇宙だから
何でも自由自在の世界である。

しかし一つ条件がある、今までと同様の継続では、
先に進む事ができない世界なのである。

幡垣誠

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